バイオリンを習い始めて数年が経ち、ファーストポジションでの演奏に慣れてくると、次に目指すべきは中級レベルへのステップアップです。「そろそろ新しい教本に進みたいけれど、どれを選べばいいのかわからない」「先生に勧められたエチュードが難しくて挫折しそう」といった悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。中級レベルに入ると、求められる技術が一気に増えるため、自分に合った練習曲を選ぶことが非常に重要になります。
このレベルでは、ポジション移動やビブラート、複雑なボウイングなど、バイオリンらしい表現豊かな演奏をするための基礎を固める時期でもあります。適切な練習曲に取り組むことで、テクニックの向上だけでなく、音楽的な表現力も大きく伸ばすことができるのです。
この記事では、バイオリンの練習曲で中級レベルの方におすすめの教本や、効率的な練習方法について詳しく解説していきます。定番のエチュードから、テクニック強化に特化した教材まで幅広く紹介しますので、ぜひ日々の練習の参考にしてください。
バイオリン練習曲で中級者が知っておきたいレベルの目安

「中級」といっても、その範囲は非常に広く、どの程度の技術があれば中級と呼べるのか曖昧な部分があります。一般的には、初心者向けの教本(「鈴木鎮一バイオリン指導曲集」の1〜3巻や「新しいバイオリン教本」の1〜2巻など)を修了し、応用的な技術に入った段階を指すことが多いです。
まずは、中級レベルの練習曲に取り組むにあたって、どのような技術が求められるのか、そしてこの時期に習得すべきスキルの目安について整理しておきましょう。これらを意識することで、自分の現在の実力を客観的に把握しやすくなります。
ポジション移動(サードポジション以上)
中級レベルに入って最初に直面する大きな壁が、ポジション移動です。これまではファーストポジションだけで弾いていた曲も、中級以降の練習曲ではサードポジション、フィフスポジション(第5ポジション)、さらにはそれ以上の高いポジションへの移動が頻繁に登場します。単に高い音を出すためだけでなく、音色を統一したり、弦移動を減らして滑らかに弾いたりするためにポジション移動を使うことも増えてきます。
この段階では、正確な音程で素早くポジションを移動する技術が不可欠です。左手の親指と腕の動きがスムーズに連動しているか、移動した後の音程が安定しているかが重要なチェックポイントになります。最初は目で指板を見て確認してしまいがちですが、徐々に指の感覚と耳だけで正確な位置を捉えられるように訓練していく必要があります。
ビブラートの習得とコントロール
バイオリンの魅力である豊かで艶のある音色を作るために欠かせないのが、ビブラートです。初級の終わり頃から練習を始めることが多いですが、中級レベルの練習曲では、ビブラートを「かけられる」だけでなく、曲の雰囲気やフレーズに合わせて「コントロールする」ことが求められます。
例えば、速くて細かいビブラートで情熱的な表現をしたり、ゆったりとした幅の広いビブラートで優雅さを出したりと、場面に応じた使い分けが必要です。また、ポジション移動をした直後や、小指(4の指)などの力が入りにくい指でも、均等に美しいビブラートをかけ続けることは容易ではありません。中級のエチュードを通じて、脱力と指先の柔軟性を養い、自由自在なビブラートを目指しましょう。
様々なボウイングテクニック
左手の技術ばかりに目が行きがちですが、中級レベルでは右手のボウイング技術も飛躍的に高度になります。ただ音を鳴らすだけの段階を卒業し、スピッカート(飛ばし弓)、マルテレ(鋭く切る弓)、ソティエ(速い跳躍弓)など、多彩な弓の使い分けが必要になります。
これらのボウイングは、手首や指の柔軟な動きと、弓のバランス感覚が求められます。特に速いパッセージの中でこれらを正確に行うには、右手の脱力と弓のコントロール力が必須です。練習曲の中には、特定のボウイング技術を集中的に鍛えるための課題が多く含まれていますので、それぞれの弓使いの特徴を正しく理解し、習得していくことが大切です。
譜読みのスピードと正確性
中級レベルの練習曲になると、楽譜の情報量が一気に増えます。音符の数が増えるだけでなく、調号(シャープやフラット)の数が多い調性や、臨時記号、複雑なリズム、装飾音符などが頻繁に出てきます。これらを一つ一つ時間をかけて解読していると、練習がなかなか進まない原因になってしまいます。
そのため、楽譜を見た瞬間に指の配置やリズムを把握する「譜読みの力」を養うことも、この時期の重要な課題です。また、強弱記号や発想記号などの音楽的な指示も細かくなるため、それらを正確に読み取り、演奏に反映させる能力も求められます。日頃から初見演奏の練習を取り入れたり、楽典の知識を深めたりすることが、結果として練習曲の習得スピードを上げることにつながります。
定番のバイオリン練習曲【中級編】それぞれの特徴

バイオリンの練習曲には、何十年、場合によっては百年以上も前から使われ続けている「定番」の教本がいくつか存在します。これらは多くのバイオリニストを育ててきた実績があり、カリキュラムも体系的に作られています。しかし、それぞれに特徴や難易度が異なるため、自分のレベルや目的に合ったものを選ぶことが大切です。
ここでは、中級レベルの学習者が取り組むべき代表的な練習曲集を紹介します。これらを順序よく、あるいは並行して進めることで、バイオリンの総合的な技術をバランスよく高めることができます。
中級者が取り組む主な練習曲の流れ
・カイザー(2巻・3巻)
・マザス(第1巻)
・ドント(Op.37)
・クロイツェル(42のエチュード)
カイザー練習曲(2巻・3巻)
多くの学習者が最初に出会う本格的なエチュードが「カイザー(Kayser)」です。全3巻構成で、1巻は初級のまとめとして使われることが多いですが、2巻からは本格的なポジション移動が登場し、中級への入り口として最適な内容になっています。3巻に入るとさらに難易度が上がり、高度な技術への準備段階となります。
カイザーの特徴は、同じパターンの繰り返しが多く、基礎的な指の動きや弓の返しを徹底的に叩き込める点です。音楽的な面白さには少し欠けると感じるかもしれませんが、基礎体力をつけるための「筋トレ」のような役割を果たします。ここでサードポジションやフィフスポジションの音程を確実にし、様々なボウイングのパターンを習得しておくと、後の難しい曲が楽になります。
マザス練習曲(Op.36 第1巻)
カイザーと並行して、あるいはカイザーの2巻が終わったあたりで取り入れられることが多いのが「マザス(Mazas)」の練習曲です。特に第1巻の「特殊練習曲(Etudes Speciales)」が有名です。カイザーが機械的なトレーニング中心であるのに対し、マザスは旋律が美しく、音楽的な表現力を養うのに適しています。
マザスのエチュードには、「カンタービレ(歌うように)」といった指示が多く見られ、弓の配分や音色の変化、フレーズの歌い方を学ぶことができます。技術的な難易度はカイザーと同程度か少し高い部分もありますが、曲として楽しめるものが多いため、練習のモチベーションを保ちやすいのも魅力です。テクニックと歌心を同時に育てたい方には非常におすすめの教本です。
ドント(Op.37 予備練習曲)
中級から上級への橋渡しとして非常に重要な位置を占めるのが「ドント(Dont)」のOp.37です。「クロイツェルへの予備練習曲」という副題がついていることもあり、次に紹介するバイオリンのバイブル「クロイツェル教本」に進むための準備として書かれています。
カイザーやマザスよりもさらに実践的で、より複雑な重音(和音)や、高度なポジション移動が含まれています。特に左手の指の独立性や強化に重点が置かれており、これを丁寧にさらうことで、左手のフォームが安定し、指がスムーズに回るようになります。クロイツェルにいきなり進んで挫折してしまうケースも多いため、このドントOp.37を挟むことで、無理なくステップアップすることができます。
クロイツェル教本(42のエチュード)
中級者の最終目標であり、上級者への入り口とも言えるのが「クロイツェル(Kreutzer)」の42のエチュードです。バイオリン学習者にとっては「聖書」のような存在であり、音大受験生やプロを目指す人なら必ず通る道です。これを一通り弾けるようになれば、一般的なバイオリン協奏曲やソナタの多くを弾きこなす基礎力がついたと言えます。
内容は非常に多岐にわたり、左手の俊敏性、重音のテクニック、トリル、スタッカート、スピッカートなど、バイオリン演奏に必要なあらゆる技術が網羅されています。2番の練習曲などは一生の基礎練習として使い続けるプロも多いほどです。中級レベルの総決算として、時間をかけてじっくり取り組む価値のある教本です。
基礎テクニックを強化するための特化型教本

定番のエチュードは総合的な力をつけるのに適していますが、特定の技術が苦手な場合や、さらに基礎力を底上げしたい場合は、「特化型」の教本を併用するのが効果的です。これらは曲としての面白さは少ないものの、薬のような効き目があり、短時間の練習でも確実な効果が得られます。
日々の練習メニューにこれらを10分〜15分ほど組み込むだけで、半年後、1年後の上達具合に大きな差が出ます。ここでは、中級者が取り入れるべき3つの特化型教本をご紹介します。
セヴシック(Op.1 & Op.8)で左手を鍛える
「セヴシック(Sevcik)」は、チェコ出身の教育者が作った、徹底的なメカニック強化のための教本です。特にOp.1のPart 1は、左手の指を1本ずつ独立させ、正確な音程と指の強さを養うために作られています。楽譜には、ひたすら単純な音形の繰り返しが並んでおり、精神的な忍耐力が試されますが、その効果は絶大です。
また、Op.8はポジション移動に特化した教本で、あらゆる指の組み合わせでの移動(シフト)を網羅しています。「ポジション移動で音程が外れやすい」「移動の瞬間に雑音が入る」という悩みを持つ方には、このOp.8が特におすすめです。セヴシックを練習する際は、決して速く弾かず、ゆっくりと指の動きを確認しながら行うことがポイントです。
シュラディックで指の独立性を高める
セヴシックと並んで有名なのが「シュラディック(Schradieck)」です。第1巻が特に有名で、指の独立性と俊敏性を高めるための練習曲が集められています。一つの弦の上で指を素早く動かす練習が多く、指の付け根の関節を柔らかくし、無駄な力を抜くのに非常に役立ちます。
シュラディックは暗譜もしやすく、一度パターンを覚えてしまえば、楽譜を見ずに指の運動として行うことも可能です。毎日の練習の最初のウォーミングアップとして取り入れている人も多く、指が回らない、速いパッセージが苦手という方には必須の教材と言えるでしょう。リズムを変えたり、弓使いを変えたりして応用することで、飽きずに続けることができます。
小野アンナ「音階教本」でスケールを極める
どのレベルになっても避けて通れないのが「音階(スケール)」の練習です。中級者におすすめなのが、小野アンナ著の「音階教本」です。この教本は日本人の手に合わせて作られているとも言われ、無理のない指使いで効率よく全ての調性を学ぶことができます。
単音のスケールだけでなく、3度、6度、8度(オクターブ)といった重音のスケールもしっかりと収録されています。中級レベルでは、長調(メジャー)だけでなく短調(マイナー)の音階もスムーズに弾けるようになる必要があります。エチュードや曲の練習に入る前に、必ずその曲の調のスケールを弾く習慣をつけることで、音程の安定感が劇的に向上します。
練習曲がつまらない時の対処法とモチベーション維持

中級レベルの練習曲は、難易度が上がる一方で、地味で反復の多い内容が増えてきます。「カイザーを弾いていると眠くなる」「セヴシックは修行のようで辛い」と感じてしまうのは、決してあなただけではありません。しかし、そこで練習を止めてしまっては上達も止まってしまいます。
練習曲に対するモチベーションが下がってしまった時に、どのように気持ちを切り替えればよいのか、楽しみながら続けるための工夫をいくつか紹介します。
好きな曲と並行して練習するメリット
練習時間のすべてをエチュードや基礎練習だけに費やすのは、精神的に辛いものです。そこでおすすめなのが、「憧れの曲」や「弾いてみたい名曲」を並行して練習することです。たとえそれが現在の実力より少し難しい曲であっても構いません。
「この曲のこのフレーズを綺麗に弾くためには、あのエチュードの技術が必要なんだ」と気づくことができれば、無味乾燥に思えた基礎練習にも意味が見出せるようになります。
好きな曲を弾く時間は自分へのご褒美と考え、基礎練習を頑張った後に設定すると、練習全体の集中力も高まります。
録音して自分の音を客観的に聴く
自分の演奏を録音して聴き返すことは、上達への近道であると同時に、モチベーションアップにもつながります。弾いている最中は必死で気づかないことでも、録音を聴くと「意外とビブラートがかかっていない」「音程がここで不安定になる」といった課題が冷静に見えてきます。
また、1ヶ月前や半年前の録音と聴き比べることで、「以前より音がクリアになった」「苦手だった箇所が弾けるようになっている」という成長を実感できます。中級レベルの上達は自分では感じにくいものですが、記録を残しておくことで確かな進歩を確認でき、それが「もっと上手くなりたい」という意欲につながります。
スマートフォンでの簡易的な録音で十分です。日付を入れてフォルダ分けしておくと、後で振り返りやすくなります。
エチュードの音楽的な美しさを見つける
練習曲は「技術習得のための課題」と思われがちですが、実はその多くが優れた作曲家によって書かれた「音楽作品」でもあります。特にマザスやクロイツェルなどは、伴奏をつけると立派な演奏会用ピースになるほど美しい旋律を持っています。
ただ音符を追うだけでなく、強弱をつけたり、フレーズの歌い方を工夫したりして、「一つの楽曲」として完成度を高めるつもりで演奏してみてください。先生に伴奏を弾いてもらったり、伴奏音源を探して合わせてみたりするのも良いでしょう。エチュードの中に隠された音楽的な美しさを見つけることができれば、練習は苦痛ではなく、表現を楽しむ時間に変わります。
効率よく上達するための練習の組み立て方

中級レベルになると、練習すべき項目が増えるため、漫然と弾いているだけでは時間が足りなくなってしまいます。限られた時間の中で最大の効果を得るためには、練習の「質」を高め、効率的なメニューを組み立てることが重要です。
ここでは、忙しい社会人の方や学業で忙しい学生さんでも実践できる、効率的な練習の進め方について解説します。時間の使い方を少し工夫するだけで、上達のスピードは大きく変わります。
ウォームアップとスケールの重要性
練習を始める際、いきなり難しいエチュードや曲を弾き始めていませんか?スポーツと同じで、バイオリンも準備運動なしに激しい動きをすると、指が回らないばかりか、手を痛める原因にもなります。最初の5分〜10分は必ず開放弦のボウイング練習とスケール(音階)に使いましょう。
開放弦で右手の感覚を確認し、ゆっくりとしたスケールで左手の音程感覚をチューニングします。この毎日のルーチンが、その日の調子を整えるベースとなります。急がば回れで、この基礎時間を惜しまないことが、結果としてその後の練習効率を高めることになります。
苦手な箇所を「分解」して練習する
曲全体を最初から最後まで通して弾く練習ばかりしていませんか?これでは、弾ける部分は何度も練習して上手くなりますが、弾けない部分はいつまでたっても弾けないままです。効率よく上達するには、つまづく箇所だけをピンポイントで取り出し、徹底的に練習する必要があります。
まずは、なぜ弾けないのかを分析します。「左手の移動が遅いのか」「右手の移弦がうまくいっていないのか」「リズムが理解できていないのか」。原因がわかったら、その1小節、あるいは数音だけを「分解」して繰り返します。リズムを変えたり、弓順を変えたりして、脳と指に正しい動きを覚え込ませます。全体を通すのは、部分練習で不安がなくなってからで十分です。
テンポ設定とメトロノームの活用法
中級者が陥りやすい罠の一つが、最初からインテンポ(指定された速さ)で弾こうとすることです。速いテンポで雑に弾く練習を繰り返すと、雑な演奏が体に染み付いてしまいます。新しい課題に取り組むときは、必ず「自分が余裕を持ってコントロールできる遅いテンポ」から始めましょう。
ここで役立つのがメトロノームです。最初は極端に遅いテンポで設定し、完璧に弾けたら目盛りを2つか4つ上げる、というように段階的に速くしていきます。メトロノームを使うことで、リズムの乱れを矯正できるだけでなく、自分の限界テンポを数値として把握することができます。ゆっくり弾いて美しくないものは、速く弾いても美しくなりません。焦らず着実にテンポアップしていくことが、確実なテクニック習得への最短ルートです。
バイオリン練習曲の中級レベルを制して次のステージへ
バイオリンの中級レベルは、技術的な課題が多く、時には壁にぶつかったように感じることもあるかもしれません。しかし、今回ご紹介した「カイザー」「マザス」「クロイツェル」といった練習曲にじっくりと取り組むことで、確実に実力はついていきます。大切なのは、焦らずに一つ一つの技術を丁寧に自分のものにしていくことです。
また、セヴシックやシュラディックなどの基礎教本を賢く併用し、スケール練習を日課にすることで、土台となるテクニックはより盤石なものになります。練習が辛い時は、好きな曲を楽しんだり、自分の成長を振り返ったりして、モチベーションを維持する工夫も忘れないでください。
中級レベルの練習曲をクリアした先には、憧れの協奏曲や難易度の高い名曲を自由に弾きこなせる未来が待っています。この記事を参考に、自分に合った練習曲と練習方法を見つけ、バイオリンという素晴らしい楽器との付き合いをさらに深めていってください。毎日の積み重ねが、必ずあなたの音色を輝かせてくれるはずです。


