バイオリンを始めたばかりの方にとって、最初の大きな壁となるのが「チューニング(調弦)」ではないでしょうか。ペグ(糸巻き)を回すたびに、「また弦が切れるのではないか」「バチンという大きな音が鳴ったらどうしよう」と、心臓がドキドキしてしまう経験は誰にでもあります。この「怖い」という感情は、バイオリンという楽器の繊細さを理解しているからこそ生まれる自然なものです。しかし、正しい知識と安全な手順さえ身につければ、チューニングは決して恐ろしい作業ではありません。
この記事では、なぜバイオリンのチューニングがこれほどまでに怖いと感じるのか、その原因を紐解きながら、初心者の方でも安心して音を合わせられる具体的な方法を徹底的に解説します。恐怖心を克服し、美しい音色で練習をスタートできるようになりましょう。
バイオリンのチューニングが「怖い」と感じる主な原因とは?

そもそも、なぜ私たちはバイオリンのチューニングに対してこれほど強い恐怖心を抱くのでしょうか。まずはその原因を明確にすることで、漠然とした不安を具体的な課題へと変えていきましょう。原因がわかれば、対処法も見えてきます。
弦が切れる時の「バチン!」という音と衝撃
多くの人が挙げる最大の理由は、やはり弦が切れる瞬間の衝撃です。バイオリンの弦は非常に高い張力(テンション)で張られています。具体的には、バイオリン全体で約20キログラム以上の力がかかっていると言われています。
その強い力で引っ張られている弦が限界を超えて切れると、鞭のようにしなり、「バチン!」という鋭く大きな音が響き渡ります。この音は予期せぬタイミングで発生することが多く、精神的なショックが大きいものです。また、切れた弦が顔や手に当たるのではないかという身体的な恐怖も重なります。
特に、最も細い「E線(1番線)」は切れやすく、調弦中に突然切れてしまった経験がトラウマになっている方も少なくありません。この「いつ切れるかわからない」という緊張感が、チューニングへの恐怖を増幅させています。
ペグ(糸巻き)が固くて回らない、または戻ってしまう
バイオリンのペグは、ギターやエレキベースのマシンヘッドとは異なり、ギア(歯車)などの機械的な構造を持っていません。木と木(ペグとペグボックス)の摩擦力だけで止まっているという、非常に原始的な構造をしています。
そのため、湿気や乾燥などの環境変化によって、ペグの状態が大きく変わります。湿気が多い時期は木が膨張してペグが回らなくなるほど固くなり、逆に乾燥している時期は木が収縮して、回しても回してもクルクルと戻って止まらなくなることがあります。
「力を入れて回さないと動かないけれど、力を入れすぎると勢い余って弦を切ってしまいそう」というジレンマや、「せっかく合わせたのに指を離すと戻ってしまう」というイライラが、チューニングを難しいもの、怖いものと感じさせる要因となっています。
駒(ブリッジ)が倒れて楽器が壊れる不安
バイオリンの弦を支えている「駒(ブリッジ)」は、接着剤で固定されているわけではありません。弦が上から押さえつける圧力だけで、表板の上に立っています。
チューニングで弦を巻いていくと、弦がペグの方へ引っ張られる動きに伴って、駒も少しずつ指板(ネック)の方へ傾いていきます。これに気づかずに巻き続けると、ある瞬間に駒が「バタン!」と激しい音を立てて倒れてしまいます。
駒が倒れると、その衝撃で表板に傷がついたり、最悪の場合は表板が割れてしまったりすることがあります。また、魂柱(こんちゅう)という内部の重要なパーツが倒れてしまうこともあります。「自分の操作ミスで楽器を壊してしまうかもしれない」というプレッシャーは、初心者にとって非常に大きなストレスとなります。
高価なバイオリンを傷つけてしまうかもしれないプレッシャー
バイオリンは、他の楽器と比較しても非常に高価なイメージがある楽器です。たとえ入門用のセットであっても、決して安い買い物ではありません。借りている楽器であればなおさらです。
木材で作られた繊細な工芸品であるため、少しの不注意が命取りになるという意識が働きます。「ペグを強く押し込んでペグボックスにヒビが入ったらどうしよう」「アジャスターで表板を傷つけたらどうしよう」といった不安が常につきまといます。
このように、金銭的なリスクや楽器への愛着が、失敗を許されないという緊張感を生み出し、チューニングという日常的な作業を「怖いイベント」に変えてしまっているのです。しかし、これらのリスクは正しい手順を踏めば回避できるものばかりです。
初心者でも安心!恐怖心を減らすための事前準備と心構え

恐怖心の正体がわかったところで、次は実際にチューニングを行う前の準備についてお話しします。いきなりペグを回し始めるのではなく、環境を整え、安全策を講じておくことで、心理的なハードルをぐっと下げることができます。
チューニングは「アジャスター」を最大限に活用する
バイオリンのチューニングには、大きく分けて2つの方法があります。ひとつはペグを回す方法、もうひとつはテールピース(弦の下側)に付いている「アジャスター」というネジを回す方法です。
多くの初心者用バイオリンには、4本の弦すべてにアジャスターが付いています。もし音程のズレがわずかであれば、怖いペグには一切触れず、アジャスターだけで合わせるようにしましょう。
アジャスターであれば、どんなに回しても急激に弦が張り詰めることはありません。まずは「ペグは大きくズレている時だけ使うもの」「基本はアジャスターで合わせる」と割り切ることで、毎日の練習前の恐怖心が和らぎます。
顔を楽器から少し離して安全な姿勢を確保する
弦が切れるのが怖い理由の一つに、「顔に当たりそう」という恐怖があります。実際、演奏する時のようにバイオリンを顎に挟んだままチューニングをすると、弦と目や顔の距離が非常に近くなります。
慣れないうちは、バイオリンを構えずに、膝の上や机の上に置いてチューニングを行いましょう。その際、楽器の正面から覗き込むのではなく、少し斜めから見るようにするか、顔を弦の延長線上から外すように意識してください。
こうすることで、万が一弦が切れたとしても、自分に向かって飛んでくるリスクを物理的に減らすことができます。「安全地帯」を確保しているという安心感があれば、落ち着いてペグを操作できるようになります。
一気に回さず「ミリ単位」で動かす感覚を持つ
ペグを回すとき、水道の蛇口をひねるような感覚で大きく回してはいけません。バイオリンのペグは、ほんの数ミリ動かすだけで音程が半音や全音も変わってしまうほど敏感です。
「回す」というよりは、「じわじわと力を加える」あるいは「1ミリずらす」という感覚を持ってください。目標の音まで一気に近づけようとせず、少し動かしては音を確認し、また少し動かす、という慎重なプロセスを繰り返します。
アジャスターの場合も同様ですが、ペグの場合は特にこの「ミリ単位」の意識が重要です。小さく動かしていれば、もし弦が限界に近づいても「これ以上は危険だ」という感触に気づきやすくなり、切れる前に止めることができます。
弦の状態やペグの具合を日頃から観察しておく
恐怖心をなくすためには、楽器の状態を知っておくことも大切です。練習を始める前に、一度楽器全体を観察してみてください。
例えば、弦が古くなって錆びていたり、ほつれていたりしませんか?ペグが極端に飛び出していたり、逆に食い込んでいたりしませんか?弦が古くなると切れやすくなるため、定期的な交換が必要です。
チェックリスト
・弦にサビや変色はないか?
・弦の巻き部分がほつれていないか?
・駒が傾いていないか?
・ペグの動きはスムーズか?
「今日は湿気が多いからペグが固いかもしれないな」と予測ができれば、無理に回して失敗することも減ります。楽器と対話するように日頃から観察することで、突発的なトラブルへの恐怖を減らすことができるのです。
実践編!安全確実なチューニングの正しい手順

心構えができたら、いよいよ実際にチューニングを行っていきましょう。ここでは、最も安全で、かつ狂いにくい正しい手順をステップごとに詳しく解説します。この手順を守るだけで、弦が切れるリスクを大幅に下げることができます。
まずはチューナーを用意して基準音(A線)から合わせる
チューニングには、正確な音程を表示してくれる「チューナー」が必須です。クリップ式のものや、スマホのアプリなどを用意してください。そして、最初に合わせるのは必ず「A線(アーせん・2番線)」です。
A線はバイオリンの基準となる音です。オーケストラでもピアノの伴奏でも、まずは「ラ(A)」の音を合わせます。日本では一般的に、A=442Hz(ヘルツ)に合わせることが多いですが、ピアノと合わせる場合や落ち着いた曲調の場合は440Hzにすることもあります。
チューナーの設定が正しいヘルツ数になっているかを確認してから始めましょう。基準となるA線をしっかりと合わせることで、他の弦にかかる張力のバランスも安定しやすくなります。
ペグを回すときは「押し込みながら」が鉄則
ペグを使ってチューニングをする際、ただ回転させるだけでは音は止まりません。先ほど説明したように、ペグは摩擦で止まっています。そのため、ペグボックスの中にグッと押し込む力を加えながら回す必要があります。
具体的には、ペグを「ねじ込む」イメージです。音を高くしたい場合は、奥へ押し込みながら向こう側へ回します。逆に音を低くしたい場合も、緩めた後に止める位置で少し押し込むようにすると安定します。
この「押し込む力」と「回す力」のバランスが難しいのですが、初心者のうちは、回すことよりも「押し込む」ことに意識を向けると、ペグが戻ってしまうトラブルを防ぎやすくなります。手が痛くならない程度に、しっかりと力を伝えましょう。
音が高くなりすぎたら必ず一度下げてから上げ直す
これが最も重要なポイントです。目標の音程よりも音が高くなってしまった場合、そこから少し緩めてピッタリ合わせようとしてはいけません。
高い状態から緩めて合わせると、弦の張力が不安定になり、すぐに音が下がってしまいます。また、ペグの摩擦もうまく効かないことが多いです。
重要ルール
音が高すぎるときは、一度目標の音よりも低くなるまで大胆に緩めてください。そして、低い状態から少しずつ巻き上げて音を合わせます。
「低いところから高いところへ向かって合わせる(巻き上げながら合わせる)」というのが、弦楽器のチューニングの鉄則です。これにより、弦のたるみが取れ、チューニングが狂いにくくなります。また、一度緩めることで弦にかかる過度な緊張を解くことができ、弦切れ防止にもつながります。
4本の弦を合わせる順番とバランスの取り方
弦を合わせる順番には、楽器への負担を減らすためのセオリーがあります。基本的には、太い弦と細い弦の張力のバランスを取りながら進めていきます。
| 順番 | 弦の名前 | 音名 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 1 | A線(2番線) | ラ (A) | 全ての基準となる音だから |
| 2 | D線(3番線) | レ (D) | A線の隣で、内側の弦だから |
| 3 | G線(4番線) | ソ (G) | 最も太い弦で張力が強いから |
| 4 | E線(1番線) | ミ (E) | 最も細く切れやすいため最後に |
一般的には「A → D → G → E」の順、または「A → E → D → G」のように、内側から外側へ、あるいは交互に合わせていく方法が推奨されます。端から順番(G→D→A→E)にやっていくと、片側に張力が偏り、駒が歪んだり楽器がねじれたりする原因になります。
また、一度合わせた弦も、他の弦を合わせることで張力が変化し、微妙にズレることがあります。一通り合わせたら、もう一度A線から確認して微調整を行う「2周」を基本セットと考えてください。
最後にアジャスターで微調整して仕上げる
ペグでおおよその音程が合ったら、最後はアジャスターの出番です。ペグだけで完璧に合わせようとするのは、プロでも難しい熟練の技です。ペグでは「あと少しで合う」というところまで近づけ、最後はアジャスターを使ってメーターの真ん中を狙います。
アジャスターは時計回りに回すと音が高くなり、反時計回りに回すと低くなります。もしアジャスターが限界まで回っていて動かない場合は、一度アジャスターを緩めてから、ペグで巻き直す必要があります。
この「ペグ」と「アジャスター」の役割分担を明確にすることで、無理な力をかけずに、安全かつ高精度なチューニングが可能になります。完璧主義になりすぎず、道具をうまく使い分けましょう。
よくあるトラブルとその対処法を知れば怖くない

どんなに気をつけていても、トラブルが起きてしまうことはあります。しかし、「トラブルが起きた時にどうすれば良いか」を知っていれば、パニックにならずに済みます。ここでは、バイオリンのチューニング中によくある3つのトラブルと、その対処法を紹介します。
弦が切れてしまった時の冷静な対処ステップ
もし「バチン!」と弦が切れてしまっても、まずは落ち着いてください。弦が切れたからといって、バイオリン本体が壊れたわけではありません。以下の手順で対処しましょう。
1. **楽器を安全な場所に置く**
まずは驚いた心を落ち着かせ、バイオリンを安全な場所に置きます。
2. **切れた弦を取り除く**
ペグを回して切れた弦の残骸を外し、テールピース側からも弦を外します。先端が鋭利になっていることがあるので、指を刺さないように注意してください。
3. **新しい弦を用意する**
予備の弦セットを持っていれば、それを使います。切れた弦と同じ種類の弦(A線ならA線)を用意します。
4. **弦を張り替える**
新しい弦をテールピースに通し、ペグの穴に通して巻いていきます。この時、他の弦と交差しないように丁寧に巻いていきましょう。
弦の交換は慣れれば数分でできます。弦は「消耗品」です。切れるのはあなたのせいばかりではなく、弦の寿命であることも多いのです。「新しい弦でいい音が鳴るチャンス」と前向きに捉えましょう。
ペグがどうしても止まらない時の「ペグコンポジション」
ペグがつるつると滑って止まらない、あるいは逆にガチガチで回らない時は、無理に力で解決しようとしてはいけません。そんな時は「ペグコンポジション(ペグソープ)」という専用のアイテムを使います。
使い方は簡単です。一度弦を緩めてペグを抜き、ペグの光っている部分(楽器と接触している部分)にコンポジションを少量塗り、馴染ませてから戻すだけです。これだけで劇的にチューニングが楽になることがあります。
もし手元にない場合は、応急処置として鉛筆(Bや2Bなど濃いめのもの)やチョークを塗る方法もありますが、長期的には専用のコンポジションをひとつ持っておくことを強くおすすめします。
駒が前傾してきた時の直し方とタイミング
チューニングをしていると、駒が指板側(ネック側)に傾いてくることがあります。これを放置すると駒が倒れてしまうので、発見したらすぐに修正する必要があります。
修正のタイミングは、「真横から見て、駒の裏側(テールピース側)が表板に対して垂直でなくなった時」です。少しでも前にお辞儀をしているように見えたら直します。
直し方は以下の通りです。
1. 楽器を膝の上に安定させて持ちます。
2. 両手で駒の両端をしっかりと持ちます。
3. 駒の足が動かないように注意しながら、駒の上部を優しく、少しずつテールピース側(手前)へ引き戻します。
この作業は少し力加減が難しく、最初は怖いかもしれません。もし自分で行うのが不安であれば、無理をせず先生や楽器店にお願いしてください。プロなら一瞬で直してくれます。
慣れるまでは先生やプロに頼っても大丈夫な理由

ここまで自分でできる対処法をお伝えしてきましたが、それでも「やっぱり怖い」「自分では無理」と感じることもあるでしょう。そんな時は、迷わずプロを頼ってください。それは決して恥ずかしいことではありません。
無理をして楽器を壊すリスクを避ける賢い選択
バイオリンは非常にデリケートな楽器です。知識がないまま無理にペグをねじ込んだり、間違った状態で放置したりすると、ペグボックスが割れたり、ネックが下がったりといった重大な故障につながる可能性があります。
修理代が高額になるリスクを考えれば、数百円から数千円の調整料を払ってプロに任せる、あるいはレッスンまで待って先生に直してもらうというのは、非常に賢いリスクマネジメントです。
特に、ペグが全く動かない場合や、異音がする場合は、内部で何かが起きている可能性があります。素人判断で力を加えるのが一番危険です。「怖い」という感覚は、楽器を守るためのアラートだと捉え、専門家にバトンタッチしましょう。
レッスン時に先生にペグ調整を依頼するメリット
バイオリンの先生は、生徒がチューニングに苦戦することを知っています。レッスンの最初に「家で練習しようとしたらペグが戻ってしまって…」と相談すれば、快く調整してくれるはずです。
先生にお願いする最大のメリットは、その場で「正しい力加減」や「コツ」を教えてもらえることです。「このくらいの力で押し込むんだよ」「ここまで傾いたら危ないよ」といった実演を目の前で見ることができるのは、独学にはない大きな学びとなります。
また、先生は楽器の状態チェックも同時に行ってくれます。「そろそろ弦の交換時期ですね」や「駒が反ってきていますね」といったアドバイスをもらえることで、大きなトラブルを未然に防ぐことができます。
楽器店でのメンテナンスで弾きやすさが変わる
もし、ペグの調子が悪くて毎回チューニングに時間がかかっているなら、一度楽器店(弦楽器専門店)にメンテナンスに出すことをおすすめします。
専門店では、ペグの形を削って調整したり、ペグ穴を整えたりして、スムーズに回ってピタッと止まるように調整してくれます。これを「ペグ調整」といいます。
調整されたバイオリンのペグは、驚くほど滑らかで扱いやすくなります。「今まであんなに怖くて苦労していたのは何だったんだ!」と感動するレベルです。弾きにくい、合わせにくいと感じたら、それはあなたの技術不足ではなく、楽器の調整不足かもしれません。プロの手を借りて、ストレスフリーな環境を手に入れましょう。
まとめ:バイオリンのチューニングは怖くない!正しい知識で楽しい演奏を
バイオリンのチューニングに対する「怖い」という感情は、誰もが通る道です。しかし、その恐怖心は「見えないものへの不安」や「仕組みを知らないこと」から来ていることがほとんどです。
今回解説したように、以下のポイントを押さえれば、チューニングは安全に行うことができます。
チューニングの要点おさらい
・基本はアジャスターを使い、ペグは慎重に扱う
・顔を近づけすぎず、安全な姿勢で行う
・音を下から上へ合わせる(緩めてから巻く)
・ペグは「回す」だけでなく「押し込む」
・困ったら無理せずプロや先生を頼る
最初は時間がかかっても構いません。焦らず、ゆっくりと音を聴きながら合わせていく時間は、楽器との対話の時間でもあります。日々のチューニングを通じて、自分のバイオリンの癖や状態を知ることは、上達への近道でもあります。
「バチン!」という音への恐怖を乗り越え、自分で美しい音を合わせられた時の喜びはひとしおです。正しい知識と道具、そして少しの勇気を持って、バイオリンのある生活を心から楽しんでください。


