「ケースを開けたらバイオリンの駒が倒れていた」「弦交換の最中に駒が外れてしまった」という経験はありませんか。突然のことに驚いてしまうかもしれませんが、落ち着いて対処すれば大丈夫です。バイオリンの駒は接着剤で固定されているわけではなく、弦の張力だけで立っているため、ふとした拍子に倒れたりずれたりすることは珍しくありません。
しかし、駒はバイオリンの音色を左右する非常に重要なパーツです。正しい位置や向きで取り付けないと、音が悪くなるだけでなく、楽器本体を傷つけてしまう可能性もあります。この記事では、バイオリンの駒の正しい付け方や位置の調整方法、日頃のメンテナンスについて、初心者の方にもわかりやすく丁寧に解説していきます。
バイオリンの駒の付け方を知る前に理解したい基礎知識

バイオリンの駒を自分で立て直す前に、まずは駒がどのような役割を果たしているのか、なぜ倒れてしまうのかといった基礎的な知識を押さえておきましょう。仕組みを理解することで、作業の重要性がより深くわかりますし、今後のトラブル防止にも役立ちます。
バイオリンにおける駒の重要な役割とは
バイオリンの駒は、単に弦を支えているだけの棒ではありません。弓で弦をこすって生まれた振動を、バイオリンの表板、そしてボディ全体へと伝える「架け橋」のような役割を担っています。弦そのものの音は実はとても小さいのですが、駒を通じてボディが共鳴することで、あの豊かな音色が生まれるのです。
そのため、駒の材質や厚み、そして取り付け位置がほんの少し変わるだけで、音色は劇的に変化します。正しい位置にしっかりとおさまっていないと、振動がうまく伝わらず、音がこもったり、本来の響きが得られなくなったりしてしまいます。良い音を出すためには、駒が正しく立っていることが大前提となるのです。
駒は接着剤でついているわけではありません
初心者の方がよく驚かれるのが、「バイオリンの駒は接着剤でくっついているわけではない」という事実です。実は、駒は弦が引っ張る力(張力)によって上から押さえつけられ、表板の上に立っているだけなのです。バイオリンの弦の張力は合計で20キログラム以上にもなると言われており、その強い力で固定されています。
固定されていないからこそ、弦の交換時やチューニングの際に動いてしまったり、衝撃で倒れてしまったりすることがあるのです。これは楽器の構造上の仕様ですので、倒れたこと自体を過度に恐れる必要はありません。
なぜ駒は倒れてしまうことがあるのか
駒が倒れる原因として最も多いのは、ペグを使ってチューニング(調弦)をしている時です。弦を巻くと、弦はペグの方(指板の方)へ向かって引っ張られます。この時、弦と駒の接触部分に摩擦があると、駒の上部も一緒に指板の方へ引っ張られ、前のめりに傾いてしまうのです。
日々の練習でチューニングを繰り返すうちに、少しずつ駒が前傾していき、ある日突然「バチン!」と倒れてしまうことがあります。また、弦を一度に全て外してしまった場合も、支えを失った駒は当然外れてしまいます。さらに、ケースごとうっかりぶつけたり落としたりした衝撃で、弦が緩んで駒がずれることもあります。
駒の各部の名称と働きについて
駒をよく観察してみると、複雑で美しい形をしていることがわかります。表板に接する2つの足を「脚(あし)」と呼びます。この脚の裏面は、バイオリンの表板のカーブにぴったり合うように削られており、ここが浮いていると良い音が出ません。また、駒の上部の弦が乗るアーチ状の部分も重要です。
駒の中央にあるハート型のような透かし彫りや、左右の切り込みにも、実は音響的な意味があります。これらは駒の重量を調整し、振動しやすくするための工夫です。作業をする際は、繊細なこれらの部分を傷つけないよう、優しく扱うように心がけましょう。
自分で駒を立てるための準備と確認事項

いよいよ実践に入りますが、いきなり駒を立てようとしてはいけません。まずは駒の向きや状態を確認し、楽器を保護する準備を整えましょう。バイオリンはデリケートな楽器ですので、焦らず慎重に準備を進めることが成功への近道です。
まずは弦を十分に緩めることから
駒が倒れている状態、あるいはこれから立て直す場合、弦が強く張ったままでは駒を隙間に差し込むことができません。無理に入れようとすると、駒が弦に擦れて削れたり、表板を傷つけたりする恐れがあります。まずはペグを回して、弦をダルダルになるまで十分に緩めてください。
ただし、弦をペグから完全に外してしまう必要はありません。あくまで駒をスムーズに立たせることができる程度に緩みがあれば十分です。4本の弦が均等に緩んでいる状態を確認してから、次のステップへ進みましょう。
ボディを傷から守るための保護対策
作業中に万が一駒がパタンと倒れたり、テールピース(弦を留めている下の部品)が表板に当たったりすると、大切な楽器に傷がついてしまいます。これを防ぐために、柔らかい布やタオルを用意してください。特にテールピースの下には、必ず布を敷いておきましょう。
テールピースは金属や硬い木材で作られていることが多く、弦が緩むとガチャンと表板に落ちてしまうことがあります。この衝撃でニスが剥げたり木が凹んだりするのを防ぐため、厚手のハンカチやクロスを挟んでおくのが鉄則です。このひと手間で、安心して作業に集中できます。
駒の「前後」の向きを正しく見分ける
バイオリンの駒には、実は「前後」の向きがあります。これを間違えると音程が合わなくなったり、すぐに倒れやすくなったりします。見分け方のポイントは、駒を真横から見ることです。片方の面は平らで垂直に近く、もう片方の面は緩やかなカーブを描いて膨らんでいるはずです。
平らで垂直に近い面が「テールピース側(お尻側)」、カーブしている面が「指板側(ネック側)」になるように取り付けます。多くの駒にはメーカーの刻印がありますが、刻印のある面が必ずしも「前」や「後ろ」とは限らないため、必ず横からの形状で判断するようにしてください。
駒の「左右」と高さの違いを確認する
前後だけでなく、「左右」の向きも重要です。駒を正面から見ると、左右対称ではなく、高さが違うことに気づくはずです。バイオリンの弦は、高い音が出るE線(一番細い弦)から、低い音のG線(一番太い弦)まで太さが異なります。太い弦ほど大きく振動するため、指板との隙間を広く取る必要があります。
そのため、駒の高さが低い方がE線側(右側)、高い方がG線側(左側)に来るようにセットします。これを逆につけてしまうと、太い弦が指板に当たってビリビリと雑音がしたり、細い弦が押さえにくくなったりして演奏できなくなります。必ず高い方と低い方を確認してから作業に入りましょう。
実践!バイオリンの駒の正しい立て方と手順

準備が整ったら、実際に駒を立てていきましょう。ここは最も緊張する瞬間かもしれませんが、手順通りにゆっくり行えば大丈夫です。力任せに行わず、楽器と対話するように優しく扱ってください。
駒の足を置く正しい位置を決める
バイオリンの表板には、左右に「f」の形をした穴(f字孔)が開いています。このf字孔のちょうど真ん中あたりをよく見ると、小さな「刻み(切り込み)」があるのが分かります。この内側の刻み同士を結んだライン上に、駒の足の中心が来るように配置するのが基本の位置です。
弦を持ち上げながら、駒の足を慎重にこの位置へ滑り込ませます。この時、まだ駒は寝かせた状態か、少し斜めにしておくと入れやすいでしょう。駒の足の裏全体が、左右均等にf字孔の刻みの位置に来ているかを確認します。左右にズレていると、弦と指板の位置関係がおかしくなってしまいます。
駒をゆっくりと垂直に起こす
位置が決まったら、駒を両手でしっかりと持ち、ゆっくりと起こしていきます。親指と人差し指で駒を挟むように持ち、弦の張力を少し感じながら、垂直になるまで立ち上げます。この時、足の位置がずれないように注意してください。
一度に「エイッ」と起こすのではなく、じわじわと動かすのがコツです。もし弦が張りすぎていて起こすのが大変だと感じたら、無理をせずもう少しペグを緩めてください。逆に緩すぎると、立てた瞬間にパタンと倒れてしまうので、少しだけ弦を巻いてテンションをかけると安定しやすくなります。
少しずつ弦を張りながら仮固定する
駒が垂直に立ったら、その状態をキープしつつ、ペグを少しずつ巻いて弦を張っていきます。まずは駒が倒れない程度に、軽く張力をかけましょう。この段階ではまだ正しい音程まで合わせる必要はありません。駒が動かなくなる手前くらいの強さが目安です。
注意点として、1本の弦だけを一気に巻くのは避けてください。4本の弦を均等に少しずつ巻いていくことで、駒にかかる圧力が偏らず、歪みや転倒を防ぐことができます。
全体のバランスを最終確認する
ある程度弦が張れたら、いろいろな角度から駒を見てみましょう。正面から見て、駒が左右の中心にあるか、指板の延長線上に正しく位置しているかを確認します。また、上から見て、駒がf字孔の刻みのラインと平行になっているかもチェックしてください。
もし位置がずれていたら、少し弦を緩めてから微調整します。弦が強く張られた状態で無理やり駒を動かすと、駒の足で表板のニスを削ってしまったり、駒の足自体が変形してしまったりするので絶対にやめましょう。微調整は「緩めて動かす」が基本です。
良い音を出すための駒の位置調整とチェックポイント

駒が立ったら終わりではありません。ここからの微調整が、バイオリンの響きを決定づけます。特に「駒の傾き」は音色だけでなく安全面でも最重要ポイントです。プロも常に気にしているチェックポイントをマスターしましょう。
最も重要な「テールピース側90度」の法則
駒が正しく立っているかどうかを判断する最大の基準は、「テールピース側の面が表板に対して垂直(90度)になっているか」です。横から見て、テールピース側の平らな面と表板の角度を確認してください。ここが90度であれば正解です。
多くの人は、駒全体を垂直に立てようとしがちですが、駒の指板側の面はカーブしているため、全体を垂直にすると、実際には少し前傾していることになります。「後ろ(テールピース側)が直角、前(指板側)は少し反っている」ように見えるのが、正しいバイオリンの駒の立ち姿です。
チューニングによる傾きを修正する
正しい位置にセットしても、チューニングをして弦を巻いていくと、駒の上部は必ず指板の方へ引っ張られて傾いていきます。これを放置すると、最終的に駒が倒れてしまいます。そのため、チューニングの途中で何度も手を止めて、駒の傾きをチェックする必要があります。
もし前傾してきたら、バイオリンを膝の上に置き、両手で駒を包み込むように持ちます。そして、親指などで駒の上部を優しくテールピース側へ押し戻して、角度を90度に修正します。この「巻いては直し、巻いては直し」を繰り返して、正しい音程になった時にちょうど90度になるようにします。
弦の間隔と指板上の位置を確認する
駒の左右の位置も改めて確認しましょう。指板をネックの方から覗き込んで見てください。4本の弦が指板の上にバランスよく乗っていますか?G線が指板からはみ出しそうになっていたり、逆にE線が寄りすぎていたりする場合は、駒全体が左右どちらかにずれています。
弦が均等に並び、指板の左右の余白が同じくらいになるのが理想です。また、駒の上の弦の溝に、弦がきちんと乗っているかも確認してください。溝から弦が外れたまま締め上げると、弦が切れたり駒が欠けたりする原因になります。
スムーズな調整のための鉛筆活用法
駒の調整をスムーズにし、弦が切れるのを防ぐための裏技として「鉛筆」を使います。弦を張る前に、駒の弦が乗る溝の部分と、上ナット(ネックの先端にある枕部分)の溝に、柔らかい鉛筆(2Bや4Bなど)を塗り込んでおきます。
鉛筆の芯に含まれる黒鉛が潤滑剤の役割を果たし、弦の滑りを良くしてくれます。これにより、チューニング時に弦が引っかかって駒を前へ引っ張ってしまう力を軽減でき、弦の寿命も延びます。プロの職人も行う基本的なメンテナンスですので、ぜひ試してみてください。
駒が変形したり割れたりしている場合の対処法

駒は木でできている消耗品です。長年使っていると、徐々に劣化したり変形したりします。自分で直せる範囲を超えている場合に無理をすると、楽器全体にダメージを与えてしまうこともあります。ここでは、専門家の助けが必要なケースについて解説します。
駒が反って「Cの字」になっていないか
横から駒を見たとき、全体が弓なりに反って「C」のような形になっていませんか?これは、長期間前傾した状態で放置されたり、湿度変化の影響を受けたりして、木材が変形してしまった状態です。これを「駒が反る(そる)」と言います。
軽度な反りであれば、専門の工房で熱と蒸気を加えて修正できることもありますが、基本的には寿命と考えたほうがよいでしょう。反った駒は強度が落ちており、音の振動を正しく伝えられないため、音が曇ったり小さくなったりします。早めの交換をおすすめします。
駒の足と表板の間に隙間がある場合
駒を立てて横から見たとき、駒の足の裏と表板の間に隙間ができていませんか?隙間があると、弦の振動がボディに伝わらず、音がスカスカになってしまいます。また、一点に力が集中することで表板が凹む原因にもなります。
新しい駒を買ってきて、ただポンと置いただけでは、足の形は合いません。バイオリンの表板のアーチは楽器ごとに異なるため、職人がその楽器に合わせて足の裏をナイフで削り、隙間なく密着させる必要があります。もし隙間があるなら、未調整の駒である可能性が高いので、工房へ持ち込みましょう。
「魂柱」が倒れている音がしたら要注意
駒が倒れた際、一番怖いのが「魂柱(こんちゅう)」の転倒です。魂柱とは、バイオリンのボディ内部に立っている小さな木の柱のことで、表板と裏板を支えています。駒が倒れて弦の圧力がなくなると、この魂柱も一緒に倒れてしまうことがあります。
楽器を軽く振った時に、中で「コトコト」「カラカラ」と何かが転がる音がしたら、魂柱が倒れています。この状態では絶対に弦を張ってはいけません。魂柱がない状態で弦を張ると、表板が張力に耐え切れず割れてしまう危険があります。すぐに弦を緩め、楽器店で修理を依頼してください。
無理な加工は禁物!専門店に頼るべき時
ネット通販では、削られていない「未加工の駒」が安く売られていますが、これを初心者が自分で削って取り付けるのは非常に困難です。足の合わせだけでなく、厚みの調整、上部のカーブ、弦の溝の深さなど、ミリ単位の精巧な加工が必要だからです。
「自分で削ってみたけれど、音が変になった」「足が合わなくて倒れやすい」といったトラブルは後を絶ちません。駒はバイオリンの心臓部とも言えるパーツです。自分で立て直しや位置調整をしても改善しない場合や、部品が破損している場合は、迷わずプロのリペアマンに相談しましょう。それが愛器を長く楽しむための一番の近道です。
バイオリンの駒の付け方をマスターして良い音色を保とう
バイオリンの駒の付け方や正しい位置について解説してきました。駒は単なる支えではなく、音の良し悪しを決める重要なパーツです。最初は自分で触るのが怖いかもしれませんが、正しい知識と手順を身につければ、万が一倒れても慌てずに対処できるようになります。
大切なのは「テールピース側の面を90度に保つこと」と「f字孔の刻みに位置を合わせること」、そして「日々のチェック」です。練習の前後に駒の傾きを確認し、傾いていたらこまめに修正する癖をつけましょう。それだけで駒の寿命は大きく延び、常に良い音で演奏を楽しむことができます。ぜひ今日から、愛器の駒の状態をチェックしてみてくださいね。



