バイオリンを練習しようとケースを開け、調弦を始めようとしたその時、ペグがびくともせずに焦ってしまった経験はありませんか。無理に回そうとすれば楽器が壊れてしまいそうで、どうすれば良いのか途方に暮れてしまう方も多いはずです。
実は、バイオリンのペグが回らないというトラブルは、初心者から上級者まで多くの人が直面する一般的な悩みの一つです。その原因は湿度や温度の変化、日頃のメンテナンス不足など多岐にわたりますが、正しい知識があれば解決できることがほとんどです。
この記事では、バイオリンのペグが回らない原因を突き止め、自分で安全に行える対処法から、プロに任せるべき判断基準までを丁寧に解説します。大切な楽器を傷つけないためにも、ぜひ参考にしてください。
バイオリンのペグが回らない主な原因とは?

まず最初に、なぜ昨日までは普通に回っていたペグが急に動かなくなってしまったのか、その原因を探っていきましょう。原因を正しく理解することで、無理な力を加えて楽器を破損させるリスクを減らすことができます。
湿度や気温の変化による木材の膨張
バイオリンのペグが回らなくなる最も一般的な原因は、湿度や気温の変化による木材の膨張です。バイオリンは天然の木材で作られており、空気中の水分を吸収したり放出したりして常に呼吸をしています。
特に梅雨の時期や夏場など、湿度が高い環境では木材が水分を含んで膨らみます。ペグとペグ穴(ペグボックスの穴)の両方が膨張することで隙間がなくなり、ペグが締め付けられた状態になって動かなくなるのです。
逆に乾燥しすぎている冬場は木が収縮して緩みやすくなりますが、急激な温度変化があった場合も木材の状態が変わり、噛み合わせが悪くなって固着することがあります。日本の気候は四季の変化が激しいため、この「木材の動き」によるトラブルは非常に多く見られます。
ペグやペグボックスの摩耗・変形
長年バイオリンを使用していると、ペグやペグボックスの穴が摩耗して形が変わってくることがあります。通常、ペグと穴は完璧な円形で接触しているわけではなく、接触面の摩擦によって止まっています。
しかし、度重なるチューニングによって接触面がすり減り、ペグが穴の奥深くに入り込んでしまうことがあります。こうなると、より強い力で締め付けられる状態になり、結果として「回らない」あるいは「回すのに相当な力が必要」という状態に陥ります。
また、ペグ自体が楕円形に変形してしまうこともあります。木材は繊維の方向によって収縮率が異なるため、長い時間をかけて真円から楕円へと歪んでいきます。楕円になったペグを無理に回すと、特定の角度で強く引っかかってしまい、動かなくなる原因となります。
弦の巻き方が原因で摩擦が起きている
意外と見落としがちなのが、弦の巻き方によるトラブルです。ペグボックスの中で、弦がどのように巻かれているかを確認してみてください。もし、新しく巻いた弦が他の弦と交差していたり、ペグボックスの壁面に強く押し付けられていたりしませんか。
弦がペグボックスの壁に強く押し付けられるように巻かれていると、その圧力でペグが外側へ引っ張られ、あるいは内側へ強く押し込まれる力が働き、物理的にロックされた状態になることがあります。
特に、最後の巻き終わりがペグボックスの内壁に食い込むようになっていると、くさびのような効果が生まれてしまい、ペグを緩める方向にも締める方向にも動かせなくなることがあります。これは弦交換の際のちょっとした不注意で起こりやすい現象です。
ペグコンポジション(潤滑剤)切れ
バイオリンのペグは、金属製のギアなどを使わず、木と木の摩擦だけで止まっています。そのため、スムーズな動きを維持するためには適切な潤滑剤が必要です。これを「ペグコンポジション」や「ペグソープ」と呼びます。
長期間メンテナンスをしていないと、以前塗布した潤滑剤の効果が切れ、木材同士が直接擦れ合うことになります。こうなると摩擦係数が極端に高くなり、ガチガチに固まって動かなくなります。
また、古いコンポジションが汚れやホコリと混ざって固まり、接着剤のような役割を果たしてしまっているケースもあります。滑りを良くするためのものが、逆に固着の原因になっていることもあるのです。
無理は禁物!ペグが硬いときにまず試したい基本の対処法

原因がわかったところで、実際にペグが回らなくなったときの対処法を見ていきましょう。ここでは、特別な道具を使わずにできる方法から、市販のケア用品を使った方法までを紹介します。ただし、どの方法も「無理はしない」ことが大前提です。
ペグを少し引き抜きながら回すテクニック
ペグが硬くて回らないとき、ただ力任せに回そうとするのは大変危険です。ペグの頭(つまみ部分)をねじ切ってしまう恐れがあるからです。まずは、ペグを「回す」のではなく、少し「外側に引き抜く」ようなイメージで力を加えてみましょう。
バイオリンのペグはテーパー(円錐状)構造になっており、押し込むと締まり、引き抜くと緩む仕組みです。固着している場合、ほんの少しでも外側に引っ張る力が加われば、木と木の密着が解けることがあります。
具体的な手順としては、ペグのつまみを持ち、回す方向への力は最小限にしつつ、ゆっくりと外側(自分の方へ抜く方向)へ力をかけます。この時、反対側のペグの先端を指で押し出すようにサポートするとより効果的です。
弦を一度緩めてから巻き直す効果
もしペグが少しでも動くようであれば、一度弦を完全に緩めて巻き直すことをお勧めします。特に、弦がペグボックスの壁に食い込んで動かなくなっている場合は、この方法が最も有効です。
弦の張力がかかった状態で無理に調整しようとすると、ペグにかかる負荷が大きすぎます。一度張力をゼロにすることで、ペグへの圧力が解放され、スムーズに動かせるようになることが多いです。
巻き直す際は、弦がペグボックスの壁に強く当たりすぎないよう、適度な距離を保って巻いていくことがポイントです。また、他の弦と交差しないように丁寧に巻くことで、将来的なトラブルも防ぐことができます。
ペグソープ(コンポジション)の正しい使い方
ペグがスムーズに回らない場合の根本的な解決策として、「ペグソープ」や「ペグコンポジション」と呼ばれる専用の調整剤を使用する方法があります。これはリップスティックのような形状や、クレヨンのような形状で販売されています。
使い方は簡単です。まず弦を緩めてペグを楽器から引き抜きます。そして、ペグの「楽器と接触して光っている部分」に、コンポジションを薄く塗りつけます。塗りすぎると滑りすぎてしまうため、最初は少なめに塗るのがコツです。
塗った後はペグを穴に戻し、何度かグリグリと回して馴染ませます。これにより、適度な摩擦と滑らかさが生まれ、スムーズな調弦が可能になります。持っていない方は、一つ持っておくと非常に便利です。
鉛筆を使った応急処置の方法
手元に専用のペグコンポジションがない場合、家庭にある「鉛筆」で代用することができます。鉛筆の芯に含まれる黒鉛(グラファイト)には優れた潤滑作用があるため、昔からバイオリン奏者の間で知恵として受け継がれてきました。
使用するのは、できれば「B」や「2B」などの少し濃く柔らかい鉛筆が適しています。ペグを抜き、接触して摩擦が起きている部分(光沢が出ている部分)に、鉛筆の芯を塗りつけます。
全体を真っ黒にする必要はありません。接触面に数回こすりつける程度で十分効果を発揮します。ただし、これはあくまで応急処置ですので、長期的には専用のコンポジションを使用することをお勧めします。色鉛筆やクーピーは成分が異なるため使用しないでください。
鉛筆の粉がペグボックスの中に落ちると汚れの原因になるので、塗った後は余分な粉をティッシュなどで軽く拭き取ってから差し込むと良いでしょう。
ペグが回らないトラブルを防ぐための日頃のメンテナンス

ペグが回らなくなるトラブルは、日頃のちょっとしたケアで未然に防ぐことができます。楽器の状態を常に良好に保つために、日常的に意識したいメンテナンスのポイントをご紹介します。
適切な湿度管理の重要性と方法
前述の通り、木材の膨張・収縮はペグのトラブルに直結します。そのため、バイオリンにとって適切な湿度(一般的に50%前後)を保つことが何よりの予防策になります。
夏場の湿気が多い時期には、楽器ケースの中に楽器用の除湿剤を入れておきましょう。逆に冬場の乾燥する時期には、保湿剤(ダンピットやモイスレガートなど)を使用し、過度な乾燥を防ぎます。
また、楽器を保管する部屋自体の湿度管理も大切です。エアコンの風が直接当たる場所や、直射日光が当たる窓際などは避け、温度変化の少ない場所にケースを置いて保管するように心がけてください。
弦交換のついでに行うペグの掃除
弦交換のタイミングは、ペグのメンテナンスを行う絶好のチャンスです。すべての弦を一度に外すと「魂柱」が倒れるリスクがあるため、1本ずつ交換するのが基本ですが、その際にペグを抜いて掃除を行いましょう。
ペグに付着した古いコンポジションや汚れ、黒ずみなどを乾いた布で綺麗に拭き取ります。同様に、ペグボックス側の穴の中も綿棒などを使って軽く掃除すると良いでしょう。
汚れが蓄積すると、それが接着剤のように固まってペグの動きを阻害します。新しい弦を張る前にペグを綺麗にし、必要であれば新しいコンポジションを薄く塗ることで、快適な弾き心地を維持できます。
ケース内での保管環境を見直す
練習が終わって楽器をケースにしまう際、ただ入れるだけでなく、楽器の状態を確認する習慣をつけましょう。特にペグ周りに異常がないか、ペグが極端に押し込まれていないかをチェックします。
また、ケース自体の質も重要です。気密性の低いケースや、断熱材の入っていない古いケースを使用していると、外気の影響を強く受けてしまいます。もし頻繁にペグの調子が悪くなるようであれば、機能性の高いケースへの買い替えを検討するのも一つの手です。
さらに、長期間弾かない場合でも、時々はケースを開けて空気を入れ替え、ペグを軽く動かしてあげることで、固着を防ぐことができます。「楽器にも呼吸をさせる」という意識を持つことが大切です。
自分で直せない場合はどうする?リペアに出す判断基準

ここまで紹介した方法を試しても改善しない場合、あるいは楽器の状態があまりにも悪い場合は、無理をせずに専門家(リペアマン)に依頼する必要があります。ここでは、プロに任せるべき具体的な判断基準を解説します。
ペグが完全に固着して動かない場合
「少し引き抜きながら回す」などのテクニックを使っても、ビクともしないほど完全に固着している場合は、絶対に無理をしてはいけません。男性の力で無理やり回そうとすると、ペグの首が折れたり、最悪の場合はバイオリンの「渦巻き(スクロール)」部分が割れてしまったりする恐れがあります。
スクロールが割れてしまうと、修理費は高額になり、楽器の価値も大きく下がってしまいます。完全にロックされていると感じたら、その時点で作業を中断し、楽器店や工房に持ち込んでください。プロであれば、適切な湿度調整や専用の工具を使って安全に外してくれます。
ペグの穴が楕円形に変形している場合
ペグを抜いてみたとき、あるいは回している感触で、スムーズな円運動ではなく「カクン、カクン」と引っかかるような感触がある場合、ペグ穴やペグ自体が楕円形に変形している可能性が高いです。
このような変形は、コンポジションを塗るだけでは直りません。ペグを削り直す(シェイピング)か、ペグ穴を埋めて開け直す(ブッシング)といった本格的な修理が必要です。これは高度な技術を要するため、必ず専門家に依頼してください。
リペア工房で相談する際のポイント
・いつ頃から回らなくなったか
・最後に弦交換をしたのはいつか
・普段どのような環境で保管しているか
これらを伝えると、原因の特定や修理の方針決定がスムーズになります。
異音がする場合やひび割れが見られる場合
ペグを回そうとしたときに「ミシミシ」「パキッ」といった異常な音がする場合、ペグボックスに目に見えないヒビが入っている可能性があります。特に古い楽器(オールドバイオリンなど)の場合、経年劣化で木材が脆くなっていることがあります。
また、ペグボックス周辺を目視して、微細な亀裂(クラック)が見つかった場合は、直ちに使用を中止してください。その状態でペグを押し込むと、亀裂が広がり、修復不可能なダメージにつながります。
このような構造上の欠陥が疑われる場合は、素人が手を出す領域ではありません。早急にプロの診断を受け、適切な補強修理を行ってもらうことが、愛器を長く使い続けるための唯一の方法です。
ペグが回らないだけでなく「止まらない」悩みも同時に解決

ペグのトラブルで「回らない」のと同様に多いのが、「すぐに戻ってしまう」「止まらない」という悩みです。実はこれらは表裏一体の関係にあることが多く、対処法を知っておくと役立ちます。
ペグが戻ってしまう原因の違い
ペグが固くて回らないのは「湿気による膨張」が主な原因でしたが、逆にペグが止まらずに戻ってしまうのは「乾燥による収縮」が主な原因です。木が縮んでペグ穴との間に隙間ができ、摩擦が失われている状態です。
冬場に暖房の効いた部屋で練習しようとすると、この現象がよく起きます。また、ペグコンポジションの塗りすぎや、新しい弦に交換した直後の弦の伸びなども原因として考えられます。
押し込みながら回すコツ
ペグが止まらない場合の基本的な回し方は、「回らないとき」とは逆のアプローチになります。つまり、ペグを「楽器の内側に押し込みながら」回すのです。
ペグのつまみをしっかりと持ち、ネジを締めるようなイメージで、奥へグッと押し込む力を加えながら音程を合わせます。この「押し込み」と「回転」のバランスが重要で、慣れるまでは少し難しく感じるかもしれません。
ただし、力任せに押し込みすぎると、今度は「回らない」トラブルの原因になったり、ペグボックスを破損させたりするので注意が必要です。「適度な摩擦を感じる位置」を探りながら調整しましょう。
弦がペグ穴の端に寄りすぎている場合
ペグが止まらない場合も、弦の巻き方が影響していることがあります。弦がペグボックスの内側(細い方)の壁から遠く離れて巻かれていると、ペグを引き込む力が働かず、抜けやすくなってしまいます。
理想的なのは、巻き終わりの弦がペグボックスの壁に「軽く触れるか触れないか」くらいの位置に来ることです。こうすることで、弦の張力がペグを適度に内側へ引き寄せる助けとなり、摩擦が維持されやすくなります。
ペグが滑るときも、専用のペグコンポジション(滑り止め効果のあるタイプ)が有効です。潤滑用と止める用で成分が調整されているものもあるので、楽器店で相談してみると良いでしょう。
まとめ:バイオリンのペグが回らないときは焦らず原因に合わせた対処を
バイオリンのペグが回らなくなると、練習ができずに焦ってしまうものですが、その多くは湿度変化やメンテナンス不足による一時的なトラブルです。決して力任せに解決しようとせず、まずは冷静に原因を見極めることが大切です。
この記事でご紹介したように、「少し引き抜きながら回す」という基本テクニックや、「ペグコンポジション(または鉛筆)」を活用することで、多くの場合は自分で解決できます。また、日頃から湿度管理に気を配ることで、こうしたトラブルを未然に防ぐことができます。
しかし、どうしても動かない場合や、楽器本体へのダメージが懸念される場合は、迷わず専門のリペアマンに相談してください。無理をして大切なバイオリンを壊してしまう前にプロの手を借りるのも、賢い選択の一つです。
ペグはバイオリンの中でも特にデリケートで、奏者との関わりが深いパーツです。正しい知識と優しい扱い方で、快適なバイオリンライフを楽しんでください。



