「次の練習、2プルトの裏に入ってね」
オーケストラの練習に参加し始めたばかりの頃、こんなふうに言われて戸惑ったことはありませんか?
バイオリンを習っていても、個人レッスンではなかなか耳にしない言葉、それが「プルト」です。しかし、オーケストラという集団演奏の中では、このプルトという単位が非常に重要な意味を持ちます。単なる座席の数え方だと思っていると、思わぬマナー違反をしてしまったり、演奏中に慌ててしまったりすることさえあるのです。
この記事では、オーケストラ初心者の方が安心して合奏に参加できるよう、プルトの意味から、表(おもて)と裏(うら)の役割分担、そして意外と奥が深い「譜めくり」のテクニックまで、やさしく丁寧に解説します。
オーケストラのバイオリンにおける「プルト」とは?意味と役割

オーケストラに参加すると、初日から頻繁に飛び交う「プルト」という言葉。まずはこの言葉の基本的な意味と、なぜそのようなシステムが採用されているのかについて、しっかりと理解しておきましょう。
プルトという言葉の語源と本来の意味
「プルト(Pult)」という言葉は、実はドイツ語に由来しています。ドイツ語で「机」や「譜面台」を意味する言葉が、そのまま日本の音楽用語として定着しました。
オーケストラの弦楽器セクション(バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス)では、管楽器のように一人に一台の譜面台が用意されることは稀です。基本的には、2人の奏者が1台の譜面台を共有して演奏します。
この「譜面台を共有する2人1組のペア」のことを、1つの単位として「プルト」と呼びます。つまり、プルトとは単なる場所の名前ではなく、演奏を共にする最小のチーム単位を指すのです。
オーケストラでの数え方と基本的な並び順
プルトには数え方のルールがあります。基準となるのは指揮者の位置です。
指揮者に最も近い最前列のペアを「1プルト(いちぷる)」と呼び、そこから客席後方に向かって順番に「2プルト(にぷる)」「3プルト(さんぷる)」と数えていきます。
アマチュアオーケストラなどでは、「前のほう」「後ろのほう」と呼ぶこともありますが、運営上の連絡や練習番号の指示などは「◯プルトの人」と指定されることが多いため、自分が前から何番目の譜面台を見ているのかを常に把握しておく必要があります。
なお、人数が奇数になった場合、一番後ろの席で一人で弾くことになりますが、この状態を「一人プルト」や「半プル」などと呼ぶこともあります。
1プルトに2人座る理由とメリット
なぜ弦楽器だけが、わざわざ窮屈な思いをして2人で1つの楽譜を見るのでしょうか。これには明確な理由とメリットが存在します。
最大の理由は「スペースの節約」と「視覚的な整然さ」です。バイオリン奏者全員が個別の譜面台を立てると、ステージ上が譜面台の足だらけになり、弓を動かすスペースがなくなってしまいます。
また、後述する「譜めくり」の問題を解決するためにも、2人1組というシステムは欠かせないものとなっています。
意外と知らない「表(おもて)」と「裏(うら)」の役割分担

1つのプルトに座る2人には、座る位置によって明確な呼び名と役割の違いがあります。ここを理解していないと、パートナーに迷惑をかけてしまうかもしれません。
客席側の「表(おもて)」奏者の重要な役割
客席に近い側に座る奏者を「表(おもて)」と呼びます。英語圏では「Outside(アウトサイド)」と呼ばれることもあります。
表の奏者は、そのプルトのリーダー的な存在です。演奏においては、後ろのプルトに対して背中でリズムやボウイング(弓の動き)を示す役割を担っています。
最も重要な役割は、演奏を止めずに弾き続けることです。隣の裏の奏者が譜めくりをしている間も、表の奏者は音が途切れないようにしっかりと音を出し、音楽の流れを維持しなければなりません。
そのため、プロのオーケストラでは、表に座る奏者は席次が高い人や、経験豊富なベテランが配置されることが一般的です。
内側の「裏(うら)」奏者が担う譜めくりとサポート
舞台の内側、客席から遠い側に座る奏者を「裏(うら)」と呼びます。英語圏では「Inside(インサイド)」です。
裏の奏者の最大の任務は「譜めくり」です。楽譜のページが終わるタイミングで、演奏を一時中断してでも、素早く確実に次のページへめくる必要があります。
「演奏を休んでいいなんて楽だ」と思われるかもしれませんが、実はその逆です。音楽の進行を妨げない絶妙なタイミングでめくり、瞬時に楽器を構え直して演奏に復帰しなければなりません。
また、表の奏者が弾きやすいように譜面台の角度を調整したり、指揮者の指示を楽譜に書き込んだりといった、細やかなサポート業務も裏の奏者の大切な役割です。
ディヴィジ(div.)の際に見られる役割の違い
楽譜上に「div.(ディヴィジ)」という指示がある場合、1つのパートをさらに複数の声部に分けて演奏します。この時、プルト内で音を分けるのが一般的です。
基本的なルールとして、表の奏者が「上の音(高い音)」、裏の奏者が「下の音(低い音)」を担当します。
高い音はメロディラインであることが多く、目立つため表の人が担当します。一方、下の音はハーモニーの内声を埋める役割が多く、リズムキープなどが求められます。
ただし、指定によっては「プルト単位」で分けることもあります(1プルト目は上、2プルト目は下など)。指揮者の指示をよく聞いて、自分がどちらを弾くべきか判断しましょう。
上下(かみしも)という呼び方との関係性
舞台用語として「上手(かみて)」「下手(しもて)」という言葉がありますが、これと「表・裏」を混同しないように注意が必要です。
客席から見て右側が上手、左側が下手です。第1バイオリンは通常、下手側(客席から見て左)に配置されます。この場合、客席に近い「表」は下手側、舞台奥の「裏」は上手側になります。
しかし、第2バイオリンやビオラが上手側(客席から見て右)に配置された場合、位置関係が逆転します。それでも「客席に近い方が表」というルールは変わりません。
混乱を避けるためにも、まずはシンプルに「お客さんに近い方が表」と覚えておくのが間違いありません。
バイオリンの譜めくりをスムーズに行うためのテクニック

プルトの裏に座ることになった場合、避けて通れないのが「譜めくり」です。初心者が最も緊張する瞬間の一つですが、コツさえ掴めば怖くありません。
演奏を止めずに譜面をめくるタイミングのコツ
譜めくりで最も大切なのは、「表の奏者が次のページの最初の音を弾く瞬間に、楽譜がすでに見えている状態」を作ることです。
そのためには、ページ最後の数小節やお休みがある場所で、裏の奏者は演奏を止める必要があります。「えっ、弾くのをやめていいの?」と思うかもしれませんが、無理をしてギリギリまで弾いてめくり遅れるより、早めに切り上げて確実にめくる方が、プルト全体としては正解なのです。
【理想的な手順】
1. ページの最後に来たら、キリの良いところで自分の演奏をフェードアウトする。
2. 左手(または右手)を空ける準備をする。
3. 表の奏者が最後の小節を弾いている間に、サッとめくる。
4. ページが落ち着いたら、速やかに演奏に戻る。
自分の音が抜けることよりも、パートナーの視界を確保することを最優先に考えましょう。
パートナーと呼吸を合わせるための合図
スムーズな譜めくりのためには、相方との連携が不可欠です。
慣れていないうちは、練習の休憩時間などに「どのあたりでめくりましょうか?」「この小節まで弾いたらめくりますね」と相談しておくのがベストです。
特に、ページをまたいでスラーが繋がっている場合や、速いパッセージが続く場合は注意が必要です。無言の合図として、めくる直前に少し体を譜面台の方へ寄せたり、楽器の角度を変えたりすることで、「今からめくりますよ」という気配を伝えることができます。
熟練したペアになると、呼吸一つでタイミングが合うようになりますが、最初は言葉で確認し合うのが確実です。
譜めくりに失敗した時のリカバリー方法
どんなに準備していても、事故は起こります。2ページ同時にめくってしまったり、楽譜が譜面台から落ちてしまったりすることもあるでしょう。
そんな時、一番やってはいけないのは「パニックになって大きな音を立てること」です。
もしめくり過ぎてしまったら、慌てず冷静に戻します。楽譜が落ちてしまった場合は、演奏中の曲の静けさや進行状況を見て判断します。静かな場面であれば、曲が終わるまで拾わないという選択肢もあります。
表の奏者は、楽譜が見えなくなってもある程度は暗譜(暗記)で乗り切ろうとしてくれます。裏の奏者は、「ごめん!」と心の中で唱えつつ、可能な限り静かに、かつ迅速に状況を復旧させることに集中してください。
最近では、めくりやすいように楽譜の角を少し折っておく(ドッグイヤー)工夫や、滑りにくい指サックを使用する人もいます。
プルトの位置によって変わるオーケストラ内での役割

「1プルト」と「最後尾のプルト」では、求められるスキルや意識すべきポイントが異なります。自分が座る位置に応じた役割を理解しましょう。
トップサイド(1プルト目)に求められるリーダーシップ
1プルト目の表は、コンサートマスターや各パートのトップ奏者(首席奏者)が座る席です。そして、その隣の1プルト目の裏は「トップサイド」と呼ばれます。
トップサイドは、トップ奏者の補佐役として非常に重要です。トップが気持ちよく演奏に集中できるよう、完璧な譜めくりはもちろん、指揮者からの指示を漏らさず楽譜に書き留める速記能力も求められます。
また、後ろの席のメンバーは1プルトの動きを見て演奏するため、トップサイドの奏者もまた、自信を持って明確なボウイングを示す必要があります。トップの意図を瞬時に汲み取り、それを後ろへ伝達する「右腕」のような存在です。
中盤のプルトが意識すべき音の厚みとアンサンブル
2プルト目から中盤にかけての席は、オーケストラの音の厚み(ボディ)を作る重要なセクションです。
前のプルトの動きを見つつ、後ろのプルトとも音を合わせるという、前後をつなぐバランサーの役割を果たします。ここで音がバラついてしまうと、パート全体の響きが濁ってしまいます。
個性を出しすぎず、トップ奏者の出した音色やニュアンスにしっかりと寄り添い、集団としての一体感を生み出すことに注力しましょう。
後方プルト(バック)が支える全体の響きと視覚効果
後ろの席、いわゆる「バックプルト」は、初心者やエキストラが配置されることが多いですが、実は非常に難しいポジションでもあります。
物理的に指揮者から遠いため、音が届くのにわずかな遅れ(タイムラグ)が生じます。前の人の音を聴いてから弾くと、客席にはさらに遅れて聞こえてしまい、演奏が崩れる原因になります。
そのため、後方のプルトほど「耳で聴く」よりも「指揮棒を見る」ことが強く求められます。視覚情報を頼りに、前の席よりも積極的にテンポに乗っていく意識が必要です。
指揮者やコンサートマスターとの距離感による演奏の違い
座る位置によって、「音量」の出し方にも工夫が必要です。
指揮者に近い席では、繊細な表現が直接伝わりますが、遠い席では音が埋もれがちです。後方のプルトは、フォルテ(強く)の場面ではより豊かに楽器を鳴らし、全体の音圧を下支えする意識が大切です。
また、視覚的な効果も無視できません。客席から見ると、後方の奏者の動きは意外と目立ちます。全員が揃ったボウイングで堂々と演奏している姿は、オーケストラ全体の迫力を視覚的にも高めてくれるのです。
練習から本番まで!プルトの相方と良好な関係を築くマナー

プルトは「運命共同体」です。数ヶ月にわたる練習期間、そして本番の舞台を共にするパートナーと良い関係を築くことは、良い演奏をするための第一歩です。
譜面台の高さや角度の調整はどう決める?
練習が始まる前、最初に直面するのが譜面台のセッティングです。
基本的には、座高が高い人(背が高い人)に合わせて高さを調整します。低い方に合わせると、背の高い人が猫背になり、演奏姿勢が悪くなってしまうからです。
見えにくい場合は、譜面台の角度を少し起こしたり、椅子を置く位置を調整したりして妥協点を探ります。勝手に自分の好みの高さにするのではなく、「この高さで大丈夫ですか?」「見えにくくないですか?」とひとこと声をかけるだけで、相手の印象はぐっと良くなります。
メモ書きやボウイングの確認方法
練習中、指揮者の指示やボウイング(弓順)の変更を楽譜に書き込む場面があります。
原則として、筆記用具を持って書き込むのは「裏(内側)」の奏者の役割です。しかし、気づいた方が書くのがスムーズな場合もあります。
大切なのは「何を書くか」の決定権です。ボウイングや指番号などは、基本的に「表(客席側)」の奏者の好みに合わせるのがマナーです。もちろん、どうしても弾きにくい場合は相談しても構いませんが、基本的には表の人がリーダーであることを尊重しましょう。
メモ:
書き込みは必ず「鉛筆(2Bなどの濃いめ)」を使いましょう。ボールペンは絶対にNGです。楽譜は団の資産であったり、レンタル譜であったりするため、後で消せることが大前提です。
演奏中の接触やトラブルを防ぐための配慮
2人で並んで弾いていると、弓がぶつかりそうになることがあります。特に、お互いが内側の弦(G線など)を弾く時や、大きく弓を使うフォルテの箇所では注意が必要です。
自分のスペースを確保しつつ、相手の領域を侵犯しないような座り方や体の角度を見つけましょう。右足の位置や、譜面台との距離感を微調整するだけで、劇的に弾きやすくなることがあります。
もし演奏中に弓が当たってしまったら、演奏が止まったタイミングですぐに「すみません」と謝りましょう。お互い様のことですが、気遣いを見せることでわだかまりがなくなります。
プルトに関するよくある疑問とトラブルシューティング

最後に、オーケストラ初心者がプルトに関して抱きがちな疑問や、困った時の対処法をまとめました。
奇数人数になった場合はどう座るのが正解か
パートの人数が奇数の場合、どこかのプルトが1人になります。
一般的には、一番後ろのプルト(最後尾)が1人席になります。この場合、1人で譜めくりもしなければならないため、大変忙しいことになります。
もしあなたが1人プルトになってしまったら、無理に譜めくりを完璧にこなそうとせず、演奏が止まってしまっても気にしないでください。また、前のプルトの譜面台が見える位置に座り、前の人の楽譜を「カンニング」しながら弾くのも一つの手です。
まれに、最後尾を充実させるために、あえて後ろから2番目のプルトを1人にするケースもありますが、これは運営側の判断によります。
視力が悪くて譜面が見えにくい場合の対処法
「プルトの相方と視力が違いすぎて、譜面台の距離が合わない」という悩みはよくあります。
基本的には、目が悪い人に合わせて譜面台を近づけることが多いですが、あまり近づけすぎると今度は弓が譜面台に当たってしまいます。
どうしても見えない場合は、コンタクトレンズや眼鏡の度数を調整するのが最善策です。それが難しい場合は、事前にパートリーダーやインスペクター(運営担当者)に相談し、なるべく照明が明るい場所や、客席側(表)の席にしてもらうなどの配慮をお願いしてみましょう。表の席なら、自分の見やすい距離に譜面台を引き寄せやすくなります。
初心者がオーケストラに入った時のプルトの選び方
自由席の場合や、席順の希望を出せる場合、初心者はどこに座るべきでしょうか。
おすすめは「真ん中あたりのプルトの裏」です。
1プルト目は責任が重すぎますし、最後尾は指揮者から遠く、周りの音を聞き取るのが難しいため、実は初心者にはハードルが高い場所です。
中盤の列で、かつ上手な人の隣(裏)に入らせてもらうのが、一番安心して演奏でき、勉強にもなる特等席です。「初心者なので、勉強させてください」と正直に伝えて、ベテランの方の隣で譜めくりを頑張りましょう。きっと優しくフォローしてくれるはずです。
まとめ
オーケストラの「プルト」は、単に2人で座るだけの席順ではありません。それは、良い音楽を奏でるための最小単位のチームであり、互いへの配慮と協力が必要な場所です。
最後に、今回の記事のポイントを振り返ります。
【プルトの基礎と心得】
・プルトの意味:譜面台を共有する2人1組のペアのこと。前から順に数える。
・表(客席側):演奏をリードする役割。Divisiでは高い音を担当。
・裏(内側):譜めくりとサポートが主役。Divisiでは低い音を担当。
・譜めくり:自分の演奏を止めてでも、表の人が弾きやすいタイミングで確実にめくる。
・マナー:筆記用具は裏の人が持つ。書き込み内容は表の人に合わせる。
最初は「譜めくりを失敗したらどうしよう」「足手まといにならないかな」と不安になるかもしれません。しかし、隣のパートナーも同じ音楽を作る仲間です。
「お願いします」「ありがとうございます」という感謝の気持ちを持って接すれば、プルトの相方はあなたの心強い味方になってくれます。2人で呼吸を合わせて奏でる楽しさは、ソロの演奏では味わえない、オーケストラならではの醍醐味です。
ぜひ、プルトという小さなチームワークを大切にしながら、オーケストラでのバイオリン演奏を存分に楽しんでください。

