バイオリンを弾いていて、「先生の音はキラキラしているのに、自分の音はなんだか平べったい」「遠くまで響く音がなかなが出せない」と悩んだことはありませんか。その音色の違いを生み出している正体こそが「倍音(ばいおん)」です。倍音は、バイオリンという楽器の魅力を決定づける最も重要な要素といっても過言ではありません。単に音程が合っているだけではなく、聴く人の心に届く豊かな響きを作るためには、この倍音を意識した弾き方が不可欠です。この記事では、そもそも倍音とは何なのかという仕組みから、倍音をたっぷりと含んだ音を出すための具体的なボーイング技術、そして特殊奏法であるフラジオレットのコツまで、余すことなく解説していきます。
バイオリンの倍音とは?弾き方を知る前に仕組みを理解しよう

「倍音」という言葉を耳にしたことはあっても、それが具体的にどのような現象なのかを詳しく知っている方は意外と少ないかもしれません。バイオリンの練習において、ただ楽譜通りの音を出すだけでなく、音の「質」を高めるためには、この倍音の仕組みを知っておくことが非常に大切です。まずは、音が鳴る原理と、豊かな音色の秘密について紐解いていきましょう。
倍音(ばいおん)ってそもそも何?
私たちが普段「ド」や「ソ」として認識している音の高さは「基音(きおん)」と呼ばれます。しかし、楽器が音を発するとき、実際にはこの基音以外にも、もっと高い音が同時にいくつも鳴っているのです。これが「倍音」です。例えば、G線(ソ)の開放弦を弾いたとき、実はその1オクターブ上のソ、さらに完全5度上のレ、さらに上のソ……といった具合に、基音の周波数の整数倍の高さを持つ音が、微かに、しかし確実に鳴り響いています。
この倍音は、人間の耳には「一つの音」として統合されて聞こえますが、その含まれ方によって音の聞こえ方が変わります。倍音がほとんど含まれていない音は、時報の「プッ、プッ、プッ、ポーン」という電子音のように無機質で味気ない音に聞こえます。一方で、バイオリンのようなアコースティック楽器は、豊富な倍音を含んでいるため、複雑で奥行きのある音がするのです。
バイオリンの音色が豊かな理由
バイオリンが「楽器の女王」と呼ばれるほど表現力豊かな音色を持っているのは、この倍音の構成が非常に複雑で豊かだからです。ピアノやフルートなど他の楽器も倍音を出しますが、バイオリンなどの擦弦楽器は、弓で弦を擦り続けるという発音構造上、非常に多くの倍音成分を含んでいます。さらに、バイオリンの木製のボディ(共鳴箱)が、弦の振動を増幅させる過程で、特定の倍音を強調したり、独自の響きを加えたりします。
良いバイオリン、例えばストラディバリウスのような名器が素晴らしいとされる理由の一つは、この倍音の出方が絶妙だからです。高周波の倍音がバランスよく鳴ることで、遠くまで透き通るような音が届きます。しかし、楽器の性能だけでなく、奏者の弾き方によっても倍音の量は大きく変化します。つまり、正しい技術を身につければ、今の楽器でももっと魅力的な音を出せる可能性があるのです。
倍音が多い音と少ない音の違い
では、倍音が多い音と少ない音では、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。倍音が豊かに含まれている音は、一般的に「明るい」「艶がある」「輝かしい」と表現されます。近くで聴くと少しザラつきを感じることもありますが、ホールのような広い空間で聴くと、遠くまで音が減衰せずに飛んでいく「通る音」になります。これがソリストに求められる音質です。
逆に倍音が少ない音は、「こもっている」「暗い」「平坦な」印象を与えます。自分では大きな音を出しているつもりでも、離れた場所で聴くと音が痩せて聞こえたり、伴奏のピアノやオーケストラにかき消されてしまったりすることがあります。初心者のうちは、どうしても弓の圧力が強すぎて弦の振動を止めてしまい、倍音を殺してしまう傾向にあります。倍音を増やすことは、単にきれいな音を出すだけでなく、演奏の表現力を広げるための必須条件なのです。
豊かな倍音を響かせるためのボーイング基本テクニック

バイオリンの倍音を最大限に引き出すためには、右手のボーイング技術が何よりも重要です。弦をどのように振動させるかで、発生する倍音の成分は劇的に変わります。ここでは、楽器を無理やり鳴らすのではなく、楽器が自ら歌いだすような、理想的なボーイングのポイントを解説します。
弓の圧力とスピードのバランス
倍音を消してしまう一番の原因は、弓を弦に押し付けすぎる「プレス」の状態です。弦を上から強く押さえつけると、弦の自然な振動が阻害され、ギコギコとしたノイズの多い音になってしまいます。豊かな倍音を生むためには、弓の重さを自然に乗せつつ、弦が自由に振動できるスペースを残してあげることが大切です。
ここで重要になるのが「弓のスピード」です。圧力を減らすと音が小さくなってしまうと感じるかもしれませんが、その分、弓を速く動かすことで音量を稼ぎます。速いボースピードで、かつ適度な重さを乗せて弾くと、弦が大きく振幅し、高次倍音まで含んだきらびやかな音が生まれます。まずは開放弦で、弓を大きくたっぷり使い、弦が自然に震える感覚を掴んでみてください。
駒寄りと指板寄りの使い分け
弓を当てる位置(コンタクトポイント)によっても、倍音の出方は大きく変わります。駒(ブリッジ)に近い位置で弾くと、弦の張力が強いため抵抗感が増しますが、非常に多くの倍音を含んだ硬質で華やかな音が出ます。ソリストが協奏曲などでオーケストラに負けない音を出すときは、この駒寄りのポイント(クライスラー・ハイウェイとも呼ばれます)を多用します。
反対に、指板(フィンガーボード)寄りで弾くと、基音が強調された柔らかく丸い音になりますが、高次の倍音は少なくなります。初心者の多くは、駒寄りで弾くことへの恐怖心やコントロールの難しさから、どうしても指板寄りで弾いてしまいがちです。しかし、倍音豊かな音を目指すなら、普段の練習から意識的に駒と指板のちょうど中間、あるいは少し駒寄りを狙って弾く練習をすることが効果的です。
弦を真っ直ぐに捉える重要性
基本的なことですが、弓を弦に対して直角(90度)に保って動かすことは、きれいな倍音を鳴らすための絶対条件です。弓が曲がって入ってしまうと、弓の毛が弦の上を横滑りしてしまい、エネルギーが効率よく伝わりません。すると、芯のないカスカスとした音になり、倍音成分も著しく減少してしまいます。
特に、ダウンボウで弓先に行ったときや、アップボウで弓元に戻ってきたときに、弓の角度が崩れやすくなります。鏡を見ながら、弓が弦に対して常に直角に当たっているかを確認しましょう。一点に集中して弓を吸い付かせるようなイメージを持つと、弦との摩擦が安定し、楽器全体が共鳴するような太い音が鳴り始めます。
脱力が生む自然な響き
最後に忘れてはならないのが、右腕と右手の脱力です。肩や肘、手首に余計な力が入っていると、その緊張が弓を通して弦に伝わり、振動を硬くしてしまいます。結果として、倍音の少ない詰まった音になってしまうのです。理想的なのは、腕の重みが自然に指先から弓へと伝わり、それが弦に乗っている状態です。
弓を握りしめず、指の関節を柔らかく保つことがポイントです。特に小指と親指が突っ張っていると、手首の柔軟性が失われます。演奏中に「音が硬いな」と感じたら、一度肩を回して深呼吸をし、弓を持つ手の力をフッと抜いてみてください。それだけで、音がパッと明るくなり、響きが増すことを実感できるはずです。
特殊奏法「フラジオレット(ハーモニクス)」の弾き方

「倍音」という言葉を聞いて、バイオリン経験者が真っ先に思い浮かべるのが「フラジオレット(ハーモニクス)」という奏法かもしれません。これは倍音の原理そのものを利用して、高く透き通った笛のような音を出す技術です。曲の中で効果的に使われるこの奏法をマスターすることは、倍音の感覚を研ぎ澄ます良い練習にもなります。
自然的フラジオレットの基本
自然的フラジオレット(ナチュラル・ハーモニクス)は、開放弦の特定のポイント(節)に指で軽く触れることで音を出します。最も代表的なのは、弦のちょうど半分の位置、つまり第1ポジションや第3ポジションでいうところの「1オクターブ上の音」の位置です。ここに小指などを弦を押さえ込まずに、軽く触れた状態でボウイングすると、ポーンという透明な音が鳴ります。
他にも、弦の3分の1の位置(第1ポジションの4の指の少し上など)や、4分の1の位置など、いくつかのポイントがあります。コツは、指の位置をミリ単位で正確に狙うこと。場所が少しでもずれると、濁った音になったり、音が裏返ったりしてしまいます。まずは開放弦の真ん中(オクターブ上)のフラジオレットが確実に鳴るように練習しましょう。
人工的フラジオレットへの挑戦
より高度な技術として、人工的フラジオレット(アーティフィシャル・ハーモニクス)があります。これは、人差し指(1の指)でしっかりと弦を押さえ音程を作り、その4度上の位置を小指(4の指)で軽く触れることで、人差し指で押さえた音の2オクターブ上の音を出す奏法です。例えば、A線で1の指をシの位置で押し、4の指でミの位置に軽く触れると、2オクターブ上のシが鳴ります。
この奏法は、指の形をしっかりと固定し、1の指は強く、4の指は軽くという、異なる力の入れ方を同時に行う必要があります。手の小さな方には大変な技術ですが、左手の枠を安定させる効果もあります。きれいに鳴らすためには、弓のスピードを通常よりも速めにし、駒寄りで弾くことがポイントです。
きれいな音が出ない時のチェックポイント
フラジオレットが「カスッ」といって鳴らない、あるいは雑音が混じるときは、以下のポイントを確認してみてください。
・左指の触れ方
強すぎても弱すぎてもいけません。弦に「触れているだけ」の感覚ですが、指の腹の柔らかい部分で、弦の振動を止めすぎないように接触させます。
・弓のスピード
恐る恐るゆっくり弾くと鳴りません。ある程度の思い切りが必要です。「スッ」と素早く弓を流すイメージを持ちましょう。
・弓の圧力
通常の演奏時よりも軽くします。圧力をかけすぎると倍音が潰れてしまいます。
特に人工的フラジオレットの場合は、1の指(支点となる指)がしっかり押さえられていないことが原因の場合も多いです。1の指はナット(上駒)の代わりを果たしているので、ここが甘いと弦が十分に振動しません。
楽器の共鳴を最大化する左手の抑え方と姿勢

倍音を豊かにするのは右手の役割だと思われがちですが、実は左手の技術も大きく関わっています。正しい音程と適切な押さえ方をすることで、楽器全体が「共鳴」し、驚くほど豊かな倍音が発生します。ここでは、左手が生み出す響きについて解説します。
指の抑える強さと角度
左指で弦を押さえるとき、力任せにギュウギュウと握りしめていませんか?必要以上の力でネックを握ると、楽器の木の振動を体で止めてしまうことになります。指板に弦を固定するのに必要な最小限の力で押さえることが、響きを殺さないコツです。
また、指の角度も重要です。指先が立りすぎていると接点が小さくなりすぎて不安定になりますが、逆に寝すぎていると他の弦に触れてしまい、共鳴を阻害します。指の腹の少し硬い部分で、的確に弦を捉えることで、芯のあるクリアな音が生まれます。クリアな音は、結果として美しい倍音を多く含みます。
楽器を構える角度と振動の伝わり方
バイオリンを構える姿勢も音色に影響します。楽器が下がりすぎていると、弓が指板の方に滑りやすくなり、張りのある音が出せません。また、肩当てや顎当ての使い方も重要です。楽器を顎と肩で強く挟み込みすぎると、裏板の振動を抑制してしまいます。
楽器は鎖骨の上に「乗せる」イメージを持ち、頭の重さだけで支えるのが理想です。楽器が自由に振動できる状態を作ってあげることで、胴体全体がスピーカーのように震え、倍音を増幅させてくれます。一度、わざと楽器を強く挟んだ状態と、リラックスして乗せた状態で開放弦を弾き比べ、響きの違いを感じてみてください。
ビブラートと倍音の関係
ビブラートは単に音を揺らすだけでなく、音色を変化させる効果があります。適切なビブラートをかけると、音の中心周波数が絶えず変化するため、それに伴って様々な倍音成分が生まれます。これが音に「輝き」や「暖かみ」を与えます。
しかし、ただ手を振れば良いというわけではありません。基本となる音程が正確であって初めて、美しい倍音が生まれます。また、幅の広すぎるビブラートは音程感をぼやけさせてしまいます。まずはノンビブラートで、楽器が最も共鳴する正確な音程(ツボ)を見つけ、そこに彩りを加えるようなイメージでビブラートをかけることが、倍音豊かな演奏への近道です。
倍音を感じ取って音程を合わせる「共鳴」の活用法

バイオリンには、ある特定の音程を弾いたときに、弾いていない他の弦が勝手に振動し始める現象があります。これを「共鳴(きょうめい)」と呼びます。この共鳴現象を利用することは、正しい音程を取るための最強のガイドラインとなり、結果として倍音豊かな演奏に繋がります。
開放弦との共鳴(共鳴音)を聴く
例えば、A線で3の指(薬指)を押さえて「レ(D)」の音を出したとします。このとき、音程がピタリと合っていれば、隣のD線(レ)の開放弦が共鳴して震え始めます。耳を澄ますと、弾いているA線の音だけでなく、D線からも「ボーン」という低い響きが聞こえてくるはずです。また、目視でもD線がブルブルと振幅しているのが確認できます。
G線の「ソ」、D線の「レ」、A線の「ラ」、E線の「ミ」。これらの音は、それぞれ開放弦と同じ音(オクターブ違い含む)であるため、特に強く共鳴します。音階練習などをするときは、これらの音が来た瞬間に楽器が「ワンッ」と鳴るポイントを探りながら練習しましょう。チューナーのメーターを見るよりも、この共鳴を聴く方が、より音楽的で実践的な音感トレーニングになります。
第4の指と開放弦のユニゾン
第4の指(小指)を使うときも、倍音と共鳴のチェックに最適です。例えばA線で4の指を押さえると「ミ(E)」の音が出ますが、これは隣のE線の開放弦と同じ音の高さ(ユニゾン)になります。このとき、4の指の音程が完璧であれば、隣のE線が激しく共鳴します。
練習方法として、4の指で音を出した直後に弓を止め、余韻の中にE線の音が響いているかを確認してみてください。あるいは、4の指と隣の開放弦を同時に弾く「重音」で確認し、うなり(ワンワンという音の濁り)がない澄んだ状態を目指すのも効果的です。
差音(タルティーニ・トーン)を感じる
さらにレベルの高い聴き方として、「差音(さおん)」を感じ取るトレーニングがあります。これは「タルティーニ・トーン」とも呼ばれ、完全5度や長3度などの重音をきれいに弾いたときに、その2つの音の周波数の差にあたる低い音が、空耳のように聞こえてくる現象です。
例えば、高い音域で完全5度の和音を純正な音程で弾くと、その下のオクターブの音が低く鳴っているように聞こえます。これが聞こえるということは、お互いの倍音がきれいに調和している証拠です。これが聞こえるようになると、バイオリンを弾く楽しみが格段に増し、響きの作り方が劇的に上手くなります。
道具のメンテナンスと選び方で変わる倍音の質

最後に、楽器の状態や道具選びも倍音に大きく影響することをお伝えします。どんなに素晴らしい技術を持っていても、道具の状態が悪ければ豊かな倍音は生まれません。
弦の選び方と交換時期
弦は古くなると、伸縮性が失われ、倍音成分が出にくくなります。「まだ切れていないから」と何年も同じ弦を使っていませんか?古い弦は音がこもるだけでなく、音程も不安定になり、正しい練習の妨げになります。一般的に、毎日練習する方なら3〜6ヶ月程度で交換するのが理想的です。
また、弦の種類によっても倍音のキャラクターは異なります。ナイロン弦の代表格であるドミナントなどは倍音が豊富で明るい音がしますが、ガット弦(羊の腸)系の弦はより複雑で温かみのある倍音を持っています。自分の楽器との相性や好みに合わせて選んでみましょう。
松脂の塗り方と種類の違い
弓の毛に塗る松脂(ロジン)は、弦との摩擦を生むための必需品ですが、これも音色を左右します。粒子が細かい松脂はさらっとした音色で高音がきれいに響き、粒子が粗い松脂は引っかかりが良く、力強い音が出ます。倍音をきれいに響かせたい場合は、塗りすぎに注意してください。粉っぽくなりすぎると、ザラザラした雑音が混じり、純粋な倍音の響きを邪魔してしまいます。
弓の毛替えと状態チェック
弓の毛(馬の毛)には、目に見えない微細な突起(キューティクル)があり、これが弦を捉えて振動させます。長く使っているとこの突起が摩耗し、弦への食いつきが悪くなります。すると、無意識に弓を押し付けて弾くようになってしまい、結果として倍音を潰してしまうのです。
弓の毛替えは、半年に1回程度が目安です。「最近、音が滑る気がする」「大きな音を出すのに力がいる」と感じたら、毛替えのサインかもしれません。新しい毛に交換するだけで、驚くほど楽に、倍音豊かな音が出るようになります。
バイオリンの倍音と弾き方をマスターして理想の音色へ
バイオリンの美しい音色の正体である「倍音」について、その仕組みから具体的な弾き方、練習法まで解説してきました。倍音は目には見えませんが、意識して耳を傾け、弾き方を少し工夫するだけで、確実に音の中に現れてきます。
まずは力を抜き、弓を素直に弦に乗せて、楽器が自然に歌うポイントを探してみてください。そして、開放弦との共鳴を感じながら、一つ一つの音程を丁寧に取っていくこと。これらを日々の練習に取り入れることで、あなたのバイオリンの音色は、より深く、より魅力的なものへと進化していくはずです。



